太陽のにおい

天気の良い日には洗濯物を外に干す。
日本では当たり前にやっていたことを、ヨーロッパに来てからしばらく忘れていた。

というのも、冬は1日中氷点下のこともあれば雪もよく降るため外に干しても乾かないのだ。さらにオーストリアの家はセントラルヒーティングで家の中が乾燥しがち。洗濯物を干しておけば鼻やのどにも少しはやさしい(気がする)。さらにさらに、日本の一般的な住居に比べると広さがあるため、ドレスルームといった洗濯物を干す専用の部屋まであったりする(うちにはないが)。

最近のヨーロッパのトレンドとして、住居選びの際にはバルコニーがかかせない要素となった。築100年以上のアパートを修繕しながら住むのがウィーンでは当たり前だが、そういった家は道に面したバルコニーというのは滅多にない。ごくたまにお城のような門構えの建物だと飾りで付いている場合もあるが、基本的にバルコニーは静かな中庭に面しているものだ。しかしそれだと大きなアパートではバルコニー付きの部屋は限られる。高まる需要に対応するため、最近建てられたアパートでは道に面してバルコニーを取り付けるところも見られるようになった。
そんな人々が求めて止まないバルコニーはしかし、日本のものとは使用目的が大分異なると思っている。日本のベランダは洗濯物を干すためにあるといっても過言ではないのに対し、ウィーンでは外に洗濯物を干すのは敬遠される。もちろん周りを見渡せば洗濯物が出ているバルコニーもあるのだが、そのほとんどが「室内に干していた洗濯物をたまたま太陽が出ているからバルコニーに出してみた」といった感じで、バルコニーに物干しざおを常備しているところは滅多にない。特に道に面したバルコニーに洗濯物なぞあれば、道行く人に悪口を言われていると思っていい。街の景観を損なうということもあるのだろうが、他にも理由があるのではないかと私は思っている。というのも、ヨーロッパの下町では道に面していようが小さなバルコニーがあることが多く、そこには大量の洗濯物が干してあるのが普通なのだ。貧しい人が住むそういった一画は部屋も当然小さく、水周りが共同のことが多い。もちろん洗濯物を干す専用の部屋などは望むべくもない。これすなわち、街中で洗濯物をバルコニーに干す必要がないというのは一種のステイタスなのではないだろうか。街中に家を借りられるだけの経済力があり、更にその家の中で部屋の景観を損なうことなく洗濯物を干すことが出来るだけの広さもある、ということだ。

こんなことを考えたのは、週末に遊びに行った友達の家の構造と使い方を見たからである。町の中心地からほど近く、明るく便利な新興住宅の部屋に彼らが越したのは去年の終わりで、今回は新居訪問も兼ねていた。光がいっぱいに差し込むリビングからすぐ庭に出られるようになっていて、外で食事ができるように立派なテーブルセットも揃っている、とても素敵なお宅だった。日本人でありド庶民の私が思ったことは、この広さならベッドのシーツでもバスタオルでも一度に干せていいな、ということだったのだが、洗濯機は半地下に置いてあり、洗濯物もその部屋で干すらしい。そして、最近の住宅によくある半地下のスペースは大抵がそうやって使われるらしいのだ。

最近はずっと自宅にいるため、太陽が出たら喜び勇んで洗濯物を回すようになった。太陽の光をいっぱいに浴びたタオルで顔を拭くのが幸せな私は太陽のにおいイコール幸せのにおいだと思っている。そんな私が例え(予算も予定もないが)友人の新居のような素敵な家に越したとしても、周りの視線を気にせず庭に盛大に洗濯物を干してしまうだろう。